高齢者ばかりの山村
仕事をしていたらMさんが通りを歩いているのを見かけたので挨拶の声をかけた。
Mさんはおそらく80歳を過ぎていて一人暮らし、耳が遠く、足元もおぼつかない。
手押しカートの取手を両手でしっかりつかみ、ペッタンペッタン、ペンギンみたいに歩く。ペンギンの10分の1の速さで。
家電の調子が悪いので、Hさん宅にどうしたらいいか聞きに行くところだと言った。
「誰か家の前を通ったら聞いてみようと思うけど、みんな車でピューッと走っていってしまうから、聞けない。さっきKちゃんがそこにおったから声かけようとしたら、車で行ってしまった」
話を聞いていると乾電池を交換すればいいだけのようだったので、一緒にMさんの家に戻り、問題の家電を確認すると、やはり乾電池だった。
「うちの買い物もあるからついでに買ってくるよ。500円もしないと思うよ」と言うと、財布を探しながら、「あたしはもう最近はどこもかしこも悪くなってしまって、力も出なくなった。年を取ると、目も見えない、耳も聞こえない、足も悪い、手まで力が入らないようになった」と繰り返す。
暑いからカルピス飲みたいんだけど、500mlペットボトルの蓋がもう自分の力では開けられない、そのもどかしさを訴えていたのだった。
すぐさまペットボトルを受け取って、蓋を開け、渡す。
「あんたはすぐ開けたね。あたしはもう開けられんとよねえ」と言いながらカルピスを一口飲んだ。
Mさん宅には毎日誰かれ様子伺いに訪ねて来る人がいるけど、Mさんがカルピスを飲みたいタイミングで来てくれるとは限らない。
カルピスごときでお隣さんに頼むのもなあ。
お隣さんも80代後半の一人暮らし、耳が遠くて足元がおぼつかない。
年を取るっていうのはこういうふうに、家電の扱いもよくわからなくて途方にくれること、足が悪いから質問ひとつするにも人の家まで行って帰ってくるだけで30分以上かかる一仕事なこと、それでも解決しない場合もあること、飲みたいものを飲みたいタイミングで飲めないこともあるってこと、自分の面倒を自分でみられないことに直面しなくちゃいけないってこと、、、
高齢者ばかりの村で暮らしていると、わたしが手助けできるのが、365日のうちのほんの数日、24時間のうちのほんの数十分でしかないことに、ときどき胸苦しくなる。
スーパーで買ってきた乾電池を交換し、ジュースをもらって帰ってきた。