satoyamahanako’s blog

里山で炭を焼いて暮らしています。

ゴッズ・オウン・カントリー

牧場を管理する青年と季節労働者として雇われた男性が惹かれ合う。(YAHOO映画)

ま、そりゃそうかもしれないけどさ、と口を尖がらせたくなる説明だなあ。ストーリーだけかいつまんで言うとそういうことになります。

わたしがこの映画を好きなのは、ストーリー云々というよりも、登場人物たちの暮らしがドキュメンタリーを見ているみたいにリアルに感じられたからだと思います。
監督が「映画の背景には必ず真実がなければなりません。作品の舞台にも人間関係にも真実が欲しい」と言っていたけど、その真実を感じられたということなのでしょう。

舞台であるイギリス・ヨークシャー地方の農場での仕事はこんなふうだ、四季はこんなふうに巡り、暮らしはこんな感じだ、この人の生い立ちはこうで、こういう性格で、と、監督は全部こと細かに知っていて、たまたま映画では主人公のジョニーと季節労働者ゲオルゲのラブストーリーを取り上げたけれど、ほかの登場人物たちのストーリーもちゃんと監督は知っている、この映画では語らなかっただけ、と感じました。

だから映画を見終わっても、いつまでも舞台である農場や登場人物たちが頭の中に残って生きている。
お婆さんはどうして天気が良くないのに外に洗濯もの干すのかしら、いつも暖炉を焚いているんだから部屋干しすればいいのに、外に干すから半乾きのままでアイロン毎日かけなくちゃいけなくなるじゃないとか、この家には羊の置物とか写真とかやけに飾ってあるけど、あちらの国では普通のことなのかしら、写真に写っている羊はなにか特別な羊なのかしらとか、本筋とは全然関係ないことが気にかかって、おばあさんの一日を想像してみたり(なんか朝から鶏の羽をむしってたなあ、料理に一日何時間使ってるのかなあ)、家の間取りがどうなっているのか気になって、図書館でヨーロッパの民家の写真集なんぞ借りてきて眺めたりすることになりました。

そもそもわたしがこの映画を見に行こうと思ったのは、この映画の舞台であるヨークシャー地方は小説「嵐が丘」の舞台でもあると知ったからでした。

嵐が丘」は気候があまりにも厳しいのでヒースしか生えない荒涼とした土地で、夏は美しいけどあまりにも短く、天気の悪い冬には冷たい強風に凍えてしまう・・わたしの記憶の中では、「暗い寒い凍える冷たい風が強い」ということになっています。

生まれも育ちも日本のわたしには想像してみたくても想像の及ばない土地柄で、どれほど「暗い寒い凍える冷たい風が強い」のか確認に訪れてみたいなあと昔から思っていたのでした。

結論から言うと、たしかに強烈な気候でした。
映画の中の季節は春です。わたしにとっての春っていうと「はぁるの小川はぁさらさらいくよ」です。のどかでうららかで眠たくなる季節です。
でもヨークシャーは違いました。ずーっと半端ない強風が吹いてました。映画を見終わったときに髪はバサバサ、皮膚も乾燥しきってひび割れ、なんなら内臓までけば立っているような強い風が吹き続けていました。
ネットフリックスで「ゴッズ・オウン・カントリー」を見るとさほどでもないんですが、映画館ではすごかったです。風の音が。あれは監督があの音量で流せと指示したのか、映画館の判断なのか分からないですが、見終わったときは風の強さで疲労困憊していました。
これが春なら冬はいかほどか・・恐るべし嵐が丘・・キャサリンヒースクリフはあの気候にも負けず劣らずの激しい気性だったのか・・・

それにしても「ダウントンアビー」も舞台はヨークシャーだけど、あんな風は吹いていなかった。あれはファンタジーだったのね。マシューは真冬に屋外でメアリーにプロポーズしてて、あれ実際は無理じゃないのかなあ、風が強すぎて。とそんなことも思いました。