satoyamahanako’s blog

里山で炭を焼いて暮らしています。

片頭痛

むかーしむかし大昔、会社員として毎日終電で帰っていたころ、それは確か12月でした。
やってもやっても終わらない仕事に疲れ果て、だからといって仕事を代わってくれる人はおらず、手伝いを頼める人もおらず、一人で大荷物を背負ってこの先も歩き続けなくてはいけないことに立ち向かう勇気ももはや残っておらず、おまけに体は冷え切って凍えていました。
まさにサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」の歌詞と同じ状況でした。
片頭痛がひどくてろくにものも考えられなかったけど、19時からの打ち合わせのために出かけなくてはならなくて、タクシーに乗りました
クリスマス仕様の通りを眺めながら、みんな楽しそうだなあ、わたしはクリスマスに早く帰れるのかなあ、無理だろうなあ、などと考えていたら、カーラジオからプレスリーの「明日に架ける橋」がかかりました。
わたしはプレスリーの声が苦手なので、曲が流れ始めたときは、聞きたくないな、早く終わんないかなと思っていました。
ところがところがです。
曲が終盤にさしかかるころには、わたしは感動のあまり泣き出しそうになってしまっていたのでした。

プレスリーは、「自分の身を激流にかかる橋として投げ出す」と、比喩じゃなくて歌っているんですね。本当に「身を投げ出す」気なんです。

「早くこっちに来い!僕の上を渡って向こう岸まで行くんだ!」
「そんなことできない!あなたの命を危険にさらすことはできない!」
「君はそんなことを気にしなくていい、僕は大丈夫だから早く渡るんだ!」

というメロドラマのようなワンシーンが頭に浮かびます。どこの馬の骨とも知らないわたしのために、どうしてこの人はここまでやってくれるんだろう・・あんなに激しい流れなのに・・・わたしなんか助けてくれる必要はないのに・・
日ごろ恋愛映画には全く食指が動かないわたしが、仮に見たとしても登場人物に感情移入して泣いたり笑ったりすることはないのに、なぜかエルヴィスのこの歌にだけは恋愛モードで反応してしまっている。何なんでしょう、この心の揺さぶられっぷりは・・まずそのことにびっくりしました。
わたしが暗く狭く寒い部屋に閉じ込められて、そこから脱出する力も残っていない、そのことに気づいて寄り添い力を貸そうとしてくれる人がここにいるんだ、という驚きと喜びだったのでしょうか。

そして気がついたら、片頭痛はすっかり消えていました。洗い流されたみたいに。
わたしは別人のようにすっきりとした気分で足取りも軽く目的地へ向かったのでした。

プレスリーってすごいシンガーなんだと初めて思いました。
プレスリーが苦手なわたしにまで涙を流させる歌手、片頭痛まで治してしまう歌唱力、だからこの人は大スターなんだ、だから THE KING と呼ばれるんだと深く納得しました。

それ以来、10年に1度くらいでしょうか、本当に本当に疲れて辛くて孤独でみじめで凍えているとき、プレスリーの「明日に架ける橋」を聞きます。
そしてやっぱり、「早くこっちに来い!僕の上を渡って向こう岸まで行くんだ!」と言ってくれるプレスリーの本気に涙し、勇気が湧いてくるのを感じるのです。

ここ数日、片頭痛でうなっていたので、プレスリー版「明日に架ける橋」を聞いてみましたが、今回は効きませんでした。まだまだわたしには余力があるらしいです。