satoyamahanako’s blog

里山で炭を焼いて暮らしています。

ノマドランド その2 あるいはスローターハウス5

車上生活を始めると同時に、WOOFで農家さん巡りを開始しました。本当はもっと体調が回復するまでおとなしくしているつもりでしたが、そうも言ってられません。次なるステージへ向けて準備を始めることにしたのです。

まず3万円で中古のRV車を知り合いから買いました。それからタープとかキャンプ用の椅子やテーブルも。夫がハードに山登りをしていたので、キャンプ用品は一通り揃っていましたが、ハードな山登り用の装備は今一つ快適性に欠けます。状況としては明るい気分になりようがない、だったら道具類で少しでも明るく楽しい気分を作りましょうということで、タープ類のほかにもなにかあれこれ購入したような気がします。
車中泊、キャンプ、農家さん滞在を組み合わせて、1年半、北海道から九州を2~3往復したんじゃなかったかな?それで最終的に炭焼きになったのです。

WOOF先の農家さんは100%わたしたちの状況を理解してくれて、励ましやアドバイスもくれました。自分たちでも混乱している最中で、夢とか希望とかそんな明るい展望は持ちようがなく、空元気を頼りになんとか前を向いているときでしたから、農家さんたちの理解と応援は、本当に嬉しくありがたかったです。
わたしたちが滞在した農家さんたちのほとんどが新規就農した方々で、会社員をやっていたけど農家になりましたというように、彼ら自身も一度自分たちの人生をリセットした経験があります。自分たちの経験とわたしたちの状況を重ね合わせて、「僕たちもここに落ち着くまで紆余曲折あった。良い落ち着き先が見つかるといいね」と言ってくれました。
また有機農家さんだったので、化学物質過敏症への理解も深く、わたしたちが東京を離れざるを得なかった理由も車上生活を始めざるを得なかった理由もすぐ理解してくれました。

一方、友人知人たちからは、「は?何してんの?」的反応が多かったです。大学を出てそのまま有名どころに就職して家庭を持って子供が生まれて・・・と寄り道なしの「王道」人生を送っている人たちに対して、うちは2人とも仕事を辞めては長期旅行に行ったりしていたので、「また何か始めた」という気持ちが湧いてしまっていたのかもしれません。
それに私たち自身、どういう顔してどんなことを言えばいいのかよくわからなくて、ヘラヘラしてしまっていたのです。

わたしたちはやりたくて始めたわけではないし、自分たち自身にもこんなことしちゃってさ、という落ちこぼれの気持ちは当然あるわけです。まっとうな生活を送りたいのにこんなことになってしまいましてね、という気持ちが。住所不定無職って嫌な響きだなあと思ったものです。
化学物質過敏症という、どう対処していいのかもよく分からない疾患を受け入れられない気持ちもある。
まだ30代でエネルギーに満ちている年代で、他の人は仕事に趣味に活発に活動しているのに、自分たちもそうしたいのに思うように体が動かないもどかしさ悲しさ。普通の生活を送りたい、送れそうなのに送れない、どうしたらいいんだろうという困惑、不安。
いろんな感情がもつれ合っていました。

それでヘラヘラしちゃってたんです。
まだ化学物質過敏症が今ほど世間的に認知もされていませんでしたから、そこの説明も難しかったし、自分たちも状況をうまく把握できずに混乱しています。うまく言葉を繋げることができなかった。
ヘラヘラしてると、いい加減な奴らに見えちゃうんですね、そうすると、「は?何やってんの?」ってことになります。見当はずれな解釈をされてしまう。

でも。
大きな声で言いたい。
シリアス過ぎてヘラヘラせざるを得ないときってあるんです。
スローターハウス5」を読んでくれ。
今ならそう言えるけど、当時は言えなかったです。ヘラヘラしてるだけ。辛かったです。