うちの村への移住を決断した大きな理由のひとつは炭焼きがいたからだけど、炭焼きがいる村は他の地域にもある。それはわたしたちも知っていた。こういう場合、他の地域も訪ねてみてから決めたほうが後悔が少ないはずだ。なにしろこれから先の一生を過ごすこ…
たとえば、「マキは万年、カヤ限りなし」(マキもカヤもすごく長持ちするという意味。弥生時代のカヤで作られた棺が発掘されたと本で読んだことがある。それくらい長持ちするらしい。古い家では土台や敷居に使われている)とか、栗の木は腐りにくいから柱に…
「こんなふうに虫の声を聞きながら死にたいな」と夕食を食べながら夫が言った。ヒグラシが盛んに鳴いていた。「病院だと、ピーッみたいな機械音を聞きながら死ななきゃいけないんだよ。嫌じゃん」ドラマなんかで見る「ご臨終です」と医者が家族に伝える場面…
「虫が嫌いだから田舎暮らしはできない」という人がいる。わたしも虫は好きではない。なにが嫌かって、まずコミュニケーションが取れないところ。こうしてパソコンに向かっていると突然、腕にガシャガシャした感触がある。ナナフシ!なんでわたしの腕にしが…
まるっきりの初心者がどうやって炭焼きを覚えたかというと、ひとつはベテランさんの仕事のお手伝いと称して炭窯に寄せてもらって覚える。見学させてくださいとお願いすることもある。そのほかに、炭焼きに限らず、いろんな人が炭窯に立ち寄って教えてくれる…
朝早く、まだ車通りも少ない時分、通りを歩いていると向こうから狸が歩いてきた。それがちょうど夜勤明けでいっぱいひっかけたおっちゃんが歩いてくるみたいな感じだったのだ。心地よい疲れを感じながら、鼻歌でも歌っているような様子で、あっち見こっち見…
朝、家の前の通りに出たら、やけにカラスがうるさい。5~6羽がかたまって喧嘩腰に騒いでいる。いつものようにトンビとやりあってるのかな、今朝は早くから始めたもんだなと思ったら、そうではなかった。キツネだった。山中の集落へ入る道の上り口にキツネ…
村の炭焼きの主な出荷先は地元の炭問屋である。炭問屋はいくつかあるが、一番多くの炭焼きが出荷しているのは農協だ。移住したときとてもお世話になった炭焼きのベテランさんに「農協にしなさい」と勧められたので、わたしたちも最初は農協に出荷することに…
山に囲まれた村で暮らし、月に数回のホームセンターでの買い出し以外にはほとんど村から出ることはない。近所の高齢者と半径2~3メートルの話題(噂話とも言う)について言葉を交わすこともあるけれど、基本的には夫以外の人とはあんまり話さない。日々黙…
わたしの主な仕事は炭切~出荷作業である。炭切というのは窯出しした炭を規格に合わせて切っていく作業のことだ。わたしはナタで切る。丸ノコで切ると作業が早いし、切っている最中に折れたり割れたりが少ないので、上物が増えて実入りが良い。(でもお客さ…
うちの猫がご近所のお宅にご迷惑をおかけしたことがあって、謝罪に行った。Aさんは堪忍袋の緒が切れたという口ぶり、Bさんはご近所なんだしお互い様、わたしももっと年取ったらお世話になることがあるんだからと明るかった。この物言いの温度差は2人の境遇…
うちの村は水源の村で、水源は保安林で守られている。そもそも村内の山のたしか9割以上が保安林なのだ。また炭焼きやシイタケ生産者がいるおかげで、20~30年に一度雑木林を伐採するという里山の営みが(かろうじて)残っている。20年近く前に国連が…
むかーし昔、わたしが幼いころ、近所には田舎から出てきた人が大勢住んでいた。そのうちの一人、あるお姉さんが話してくれたことだが、「わたしは何があっても絶対田舎には帰らない。好きな服を着ているだけで、変な目で見られたり怒られたりする。わたしは…
そんなこんなで、移住して15年くらいになる。炭焼きは私たちにはぴったりの仕事だった。直感は当たるのである。村の生活に慣れ、村の生活いいかも好きかもと思えるまで10年はかかったが、その10年の間でも炭焼きになったことを悔やんだことは一度もな…
農家・・・どうも違うような気がする・・・と感じていたところに、炭を焼いて生計を立てている人がいるらしいと聞きつけた。炭焼きぃ?自家用じゃなくて商売用で焼いている人がいるんだ?へえ・・・炭のことなんて全く何も知らないし、使ったこともほとんど…
うちは夫婦2人とも化学物質過敏症で、どうにもこうにも都会暮らしがままならなくなった。約20年前のことだ。仕事を辞めなきゃいけなくなるくらい体調が悪くなってしまったのだ。 2人とも生まれも育ちも都会、県をまたいだ引っ越しも何度かしたけれど全て…
移住促進イベントの件でMさんと話す。昨日のMさんとは別人である。Mさんはずいぶん昔から故郷の人口減少に胸を痛め、なにか良い手立てはないか考え続けてきたそうだ。移住促進に直結するようなイベントはないかと模索していると言うので、人口減少はここ数年…
仕事をしていたらMさんが通りを歩いているのを見かけたので挨拶の声をかけた。 Mさんはおそらく80歳を過ぎていて一人暮らし、耳が遠く、足元もおぼつかない。 手押しカートの取手を両手でしっかりつかみ、ペッタンペッタン、ペンギンみたいに歩く。ペンギ…